本日早朝。

祖父が息を引き取りました。

享年88歳。

 

操法練習が終わって22時頃帰宅。
午前1時頃就寝、午前3時前に母から着信が。

母は祖父の病室へ毎夜泊まりに行っているため、
着信名を見た瞬間に飛び起きました。

内容は、容態が急変したということ。

直ぐに支度を調えて妻子と共に車に乗り込む。

通常なら、こんな時間に起こされたら泣きわめく息子なのに、
ただならぬ気配を察知したのか、終始大人しく我々に従ってくれました。

病室へ行くと、アラームが鳴りっぱなし。

酸素濃度の数値を見ると、今までに見たことが無いくらい低い。

祖父に呼びかけても反応は全く無く、
手を握っても、反応無し…

ただ、うつろな視線で必死に呼吸している姿。

病室には、もう…ここまでか…という雰囲気が。

ずっと祖父の手を握り続け、徐々に呼吸する力が抜けていく姿を
見守ることしかできません。

叔父、叔母も駆けつけ、
病院に到着してから一時間が経過した頃。

一息、肩が大きく揺れて深呼吸をしたかと思った次の瞬間、
呼吸が停止しました。

戦争を体験した世代、
村の林業の最盛期をよく知る世代、
我が父が急逝したこともあり、88年間は波瀾万丈だったと思います。

感情を表に出さない、冷静沈着。
もの凄いレベルの几帳面。
段取り能力の良さは他の追随を許しません。

農作業道具や仕事の治具なども自分で全部作ってしまう器用さ。
旋盤やドリルなど、工作機械操作のプロ。

超物知りで、旅立つ直前まで頭もハッキリ、耳もハッキリでした。

先生に死亡診断をして頂き、祖父と一緒に帰宅しました。

 

ここからが慌ただしい時間のスタートです。
気持ちを切り替えて、迅速に段取りを行う必要が。

お寺や葬儀屋さん、組長さん…は、私なので伍長さんへ連絡。

7時半頃には和尚さんが来て下さり、お経を上げて下さいました。
そして、通夜や葬儀の日付を決定。

早朝にもかかわらず組の皆さんが我が家へ集合して下さり、
今後の葬儀の流れについて打合せです。

同時進行で霊柩車や火葬場などの手配も進めつつ、
役場への届け出を伍長さんへ委託します。

自分も、それほど慌てることもありませんでした。
流れが大体分かっているため…

というのも、

喪主を務めるのは今回で3回目。

まさか、30歳までに3回も喪主やるとか、想像しなかった。

組の打合せが終わると、そのまま葬儀への招待者リストなどを整備したり、
葬列順序を決めたりします。

ここがいっつも、一番大変になるところですが…

ここが祖父の凄いところ。

段取り能力のすさまじさが発揮されています。
残された者が苦労しないように…と、既に招待者リストを作ってくれていました。

それも、今年の正月に。

遺影の写真も、昨年の敬老会の後、自宅にて

「健太郎、写真を撮ってくれ、遺影に使いたいから。」

って。
あまりに準備が良すぎて恐ろしい(汗

午後からも葬儀準備の詳細を詰めていったり、
弔問にいらっしゃってくださる方々の対応を。

村長さん、副村長さん始め、数多くの方が弔問にみえて下さいました。

金曜、土曜が通夜、葬儀になるため、
ちょっと余裕のあるスケジュール。

しっかりと見送りたいと思います。

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