半年ぶりに情報の会出席

前回参加したのは1月。

それ以降、予定が立て込んでしまって欠席していた情報の会by武田邦彦先生。
情報の会は、武田先生の縁から始まって異分野の人々が、それぞれの持つ世界をプレゼンテーションして自分の知らないこと(情報)を吸収する不思議な会。
会則とか、細かいことは何もありません。
縛ることも無ければ参加を強制しない、また参加するのも実は自由。

テーマの分野も、発表タイミングも自由。発表したくなった人が発表する。順番はありません。

自分の専門から離れて、新しい分野への探究心に溢れる人々が常に集っています。

その間、情報の会を通じて派生したビジネスもあり、若干浦島太郎状態。
存在を忘れられないように…今日は朝採りたて我が家のブルーベリーを持参しております。

もちろんブルーベリーを試食して頂くのみならず、職場から持って来たブルーベリー摘み取り農園や特産品のパンフレットも一緒に配布して説明します。

村民ひとりひとりが、広報大使!!
チャンスあれば、都度、豊根村をPR。
これぞ、草の根活動。

様々な分野のエキスパートが揃うこの会、豊根村の知名度向上&ブランド化にはうってつけ!

このパンフレット群の中でも、特産品特集のパンフレットが大評判!

武田先生も太鼓判。

多くの地方を講演などで渡り歩いておられる先生も、生産者などの顔が見え、こんなに工夫されている特産品パンフレットが作れるなんて、豊根村やるなぁとおっしゃってました。

他のメンバーも、口を開くごとに特産品パンフレットの話題です。

というわけで、昨日に引き続き蒸し暑さの境地に至る名古屋に来ております。
会場は毎度おなじみの、中部大学名古屋キャンパス。

武田先生は到着されてから、開口一番。

「坂本君、ブルーベリー持って来た??」

待ち構えておられました。
武田先生については事前にメールで注文を頂いており、そのトータル額はなんと!!

2万5000円分。

大人買いです。

ご利用、有り難う御座います。

今回は情報の会最多の20名が出席!!

その中には、武田研究室時代にひとつ下の後輩だった上野くんの姿も!
武田先生のご紹介で、前回から参加しており、実に彼の結婚式以来の再会になりました。

上野くんは武田研究室卒業メンバーの中で唯一名古屋に残っており、なんと…

母校である名古屋大学の助教を勤めています。

■Tomonaga Ueno Group – 界面・反応動力学研究室 上野智永 グループ

再会が嬉しすぎちゃって、会が始まるギリギリまで近況交換。
以前名古屋大学で花祭りあったときも見に来てくれ、豊根村にも興味を持ってます。
何か、こう、彼の研究テーマと繋げられないかな。

思案してみます。

そして、会が始まりました。
トップバッターは毎回恒例、辞書の旅by佐藤さん(キックボクシング元世界チャンピオン)
ひとつ年上とは思えないくらいに深い人生経験を積まれており、辞書を読むことが日課になっています。

辞書の中からピックアップされた言葉は…

「命」

辞書が違えば書かれている意味の説明も全く違う。

複数の辞書を読んでいる佐藤さんだからこそできる解説。

そこですかさず、武田先生から命に関するコメント。

両性生殖ができるまで命の概念は無かった。
両性生殖があって、初めて子どもと親の概念ができた。
生物全てにおいて、寿命というのは両性生殖に特有のモノ。

生物本能としての命の順番は、群れの命⇒子どもの命⇒固体の命。

大脳が発達すると、この順番が狂ってくるところに、人間の持つ業がある。

お釈迦様からすると、命は縁(関係)によって存在する。
脳を空にして遺伝子をみてみることが悟りに繋がる。

他との関係が無くなると自分の命を絶つことが生命。

「魚(うお)の水を得たよう」

⇒水を得た「うお」

読み方が、さかなではなかったという発見。

会場の議論から、市場用語から来ているかもしれないという結論へ。

続いてそのまま、佐藤さんによるクラウドファンディング解説。
実際、佐藤さんはクラウドファンディングを利用して日本キックボクシング選手協会を作り上げました。
その実体験談を踏まえてのご説明。

言葉は聞いたことがあっても、どんな仕組みで動いているのか。

ビジネスモデルとしては17世紀まで遡る。
クラウド⇒群衆、ネット用語ではないようだ。

これまで選手が所属する協会が存在しなかったキックボクシングの分野。
日本キックボクシング選手協会を作りたい。

クラウドファンディングとは、何かの目的に対して出資をしてもらい、目的を果たしたときなどに出資者へリターンを出す。

PebbleTimeが世界一の額を集めて22億円。

有名なクラウドファンディングであるキックスターターから一般販売に移行してからですが、自分もPebbleTimeを持っています。

初日に成功金額の30%を達成すれば、ほぼ成功できる。
⇒あらかじめ、知人などに声をかけておくこと。

最初と最後の1週間に数字が伸びる⇒中だるみしやすい
よって、日々の情報発信が重要(同じ事でも繰り返す)

信用が一番大事。

結果、キックボクシング選手協会設立資金を188人から150万円近くを集めた。

クラウドファンディングによる懸念もある。
誰でも寄附できるため、ふさわしくない人にもリターンしなければならない。

個人で応援する事業対象を見つけることができる時代になっている。
ひょっとしたら、これからの事業開始の標準になっていくのかも。
ただし、クラウドファンディングを司るサイトでは手数料として15%近くを持っていく。

投資というよりも、寄附という側面が大きいかも知れない。

ここで武田先生。

「新しい仕組みで面白いけれど…」

「規模が大きくなってくると、金融庁がどう考えるか。」

「そのうち挙げられるかもしれないね。」

会場からの面白い意見に、

「もしかしたらそのうち、クラウドファンディング運営会社を作るためのクラウドファンディングができたりしてね。」

それっくらい、今、流行っています。
新しい仕組みは規模が大きくなってくると問題が明るみに出て、規制が掛かってくる。
例えば、ビットコインなどのブロックチェーン仮想貨幣など。

ブロックチェーン技術自体に罪は無いけれど。

紙幣という存在自体も、金本位制ではないので仮想的なもの。
信用ベースで成り立っています。

続いてのプレゼンターは、まくらのスペシャリスト。

「睡眠とまくら」

睡眠環境寝具指導士

愛知県は寝具に関わる産業が盛ん。

日本に初めて綿が入ったのは愛知県の西尾市。
西尾市には日本で唯一「綿」の神様を祀る棉祖祭(めんそさい)が行われている。

まくら選びは非常に難しい。
体調や姿勢の変化によって枕が合わなくなる。
⇒まくら難民

ウレタンにジェルチップを入れた構造のまくらを販売している。

その名も、ブルーブラッド。

■CooLZON ~もっと眠りをたのしもう!~【寝具・インテリアのセレクトショップです】

この会社の社長さんです。

睡眠、よく眠れたかどうかは精神的なモノが大きい。
まくらを選ぶ段階の選択ストーリーによるプラセボ効果も眠りに対しては大きな効果を発揮する可能性がある。

ここで、武田先生コメント。

眠りについては、武田先生も不眠で苦しみ続けられたため、かなり知識を持っておられます。
眠りの科学は曖昧で、複数の説が乱立しているます。

眠っているという状態の定義は曖昧である。

身体は4時間半横になっていれば肝臓の毒物除去などメンテナンスは終わる。
頭は2時間半で情報整理(画像処理)が終わる。

よって、同時にこなせる人は4時間半の睡眠で足りるが、
同時にできない人は合計の7時間睡眠が必要となる。

10時間睡眠よりも7時間睡眠の方が長寿命というデータがあるが、それは何故か?
寝るという状態は免疫系にとっても無防備な状態。
その状態が長いことはリスクであるという結論もある。

女性に比べて、男性の適切睡眠時間には幅がある。
7時間ではない。

まくらは複数あった方が良い。

翌日以降のパフォーマンスに大きく関わると思って、それ自体がプレッシャーとなり、眠らなきゃ眠らなきゃと思えば思うほど、ハマってしまうのが睡眠。
気負わず、寝られなかったら横になっているだけでもOK。
それくらい気楽な気持ちで睡眠を見つめ直すことこそ、精神に良さそう。

社会人として、自分の体調を見つめて毎日のパフォーマンスに気を配ることは大切なこと。

最後に、アリアCDの松本さんから

「チャイコフスキー 花のワルツ」

チャイコフスキーは1840年ごろ、ロシアで、主流であるヨーロッパから外れたところで売れっ子に。
すなわち、クラシック音楽が広がっていったところに活躍。
どのようにして広がっていったのかというと…キーパーソンはヨハンシュトラウス2世。

元々はヨーロッパの田舎で農民が踊っていた音楽がワルツ。
1814年にウイーン会議があり、「会議は踊る、されど進まず」
毎夜のように踊っていたため、それを各国首脳が持って帰って
各地でワルツが広まったと言われる。

ウィーン会議は、フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的として、1814年9月1日から開催された。1792年より以前の状態に戻す正統主義を原則としたが、各国の利害が衝突して数ヶ月を経ても遅々として進捗せず、「会議は踊る、されど進まず」と評された[1][2]。

1815年3月にナポレオンがエルバ島を脱出したとの報が入ると、危機感を抱いた各国の間で妥協が成立し、1815年6月9日にウィーン議定書が締結された。このウィーン議定書により出現したヨーロッパにおける国際秩序は「ウィーン体制」とよばれる。

■ウィーン会議 – Wikipedia

ヨハンシュトラウス1世と2世の関係に遡る。

元々、ワルツ王と呼ばれていた父親である1世だったが、息子には音楽の道を進ませようとはしなかった。
しかし、1世が妻子を置いて愛人のところへ行ってしまう。
妻はその復讐の気持ちもあって、息子を夫以上の音楽家に育てようとする。

メキメキと実力を付ける息子に対抗心を燃やし、自分のコネクションを使ってあらゆる妨害工作を行おうとするも、息子である2世は、それらをことごとく打ち砕いてゆく。

■ヨハン・シュトラウス2世 – Wikipedia

結果として、父を大きく上回る音楽家へ。

『美しく青きドナウ』、『ウィーンの森の物語』、『皇帝円舞曲』など有名なワルツを数多く生み出した。

ロシアでの公演に導かれ、ロシアでチャイコフスキーの才覚を見いだす。

そして、ワルツがヨーロッパから全世界へと広がっていった。

身近な人にとっては身近なクラシック音楽ですが、自分の日常にはかけ離れた世界のことのように思える高級なモノというイメージ。そんなイメージが覆されるくらいに人間的な感情の動きから発生するクラシック音楽。

松本さんの説明を伺うと、毎度のこと、クラシック音楽が身近なモノに感じてきます。

それも、小難しい講釈というよりも、あ!聴いたことがある!ってところから始まるので、馴染みの音楽をバックグラウンドから改めて学び直すという言葉がピッタリ合います。

閉会となり、懇親会へ向かいます。
懇親会会場は、学生時代からお世話になっている栄の小料理屋「さいとう」さん。

武田先生「じゃあ、坂本君、僕のクルマでうちに行こうか。」

???
そ…そっち???

駐車場に停められた先生の車、助手席に乗り込む。

なんだろう、この懐かしい感覚は。
学生時代、何度か武田先生のRAV4の助手席に乗って移動したことを思い出します。

当時、一番印象深い道程は豊根村を御案内したこと。

その運転は武田先生。

教授とは雲の上の存在と思っていたわたくし、教授と二人きり、片道2時間半を車内に缶詰で移動し、故郷を案内する。心臓バクバクのドキドキだったことを思い出します。

あれから10年超を経て。

変わらず、こうして関係を保てているとは思いもしませんでしたが、師弟関係が保てています。実に、実に、実にツラい学生時代でしたが。

ブルーベリーを持参して武田先生宅到着。

立ち寄る理由はいくつかありましたが、そのひとつはブルーベリーを小分けして冷蔵庫、冷凍庫へ入れる任務!

キッチンにて、大量のブルーベリーを先生と二人でお話ししながらパッキング。

作業を終えて、タクシー拾って「さいとう」に向かいます。

既に情報の会の皆様は会場入りして懇親会スタート済み!いつもどおり、キックボクシング元世界チャンピオンはキッチンで女将さんのお手伝い。似合ってきました。

今回はあまりに人数が多いため、まさかの…

隣のスナックもフロア貸し切りで料理持ち込み!

このスナックも、学生時代から御世話になっていたところです。「さいとう」さんで飲んだら、次はここ。久しぶりに出会ったスナックのおばちゃんも、元気いっぱい!年を感じさせません。

願わくば、年に負けず、ずっと営業続けて下さることを…。

「さいとう」の女将さん、常連さんで豊根村に遊びに来て下さったとのこと!あいにく、芝桜は濃霧に囲まれていたそうで…

「天気はしょうがないわねぇ(笑)」

相変わらずの明るさです。

武田先生、お天気お姉さん、歯科医師さん、YAMAHA発動機のエンジニア、もちろんキックボクシング元世界チャンピオン…などなど、歌声を堪能させて頂きました。

そして皆さん三次会の会場へ旅立たれました。

三次会会場は…

なんと、武田先生のご自宅。

一方、私は「さいとう」に残って常連さんたちと慰労会(笑)しながらの、お片付け。片付けまでが飲み会です!?

先ほどまでの喧噪はどこへ行ったのか?というくらい、静まりかえった店内カウンターに座って、ちびちびと日本酒をすする。

ろくに食べずに飲んでばかりだったからか、いや、元々酒は飲めない方なので…ちびちびが関の山。常連さんが杯を乾かせてくれないのもあって(笑)減らない(^^;)

お店の電気を消して、店じまい完了。

女将さん、常連さんたちにお見送り頂いて(タクシーまで捕まえてもらって恐縮)、三次会会場へ!

三次会会場の武田先生ご自宅に到着すると、玄関に鍵がかかってるーー!そりゃ、ここは名古屋、まして売れっ子タレントの自宅。中から賑やかな声が聞こえてくることを確認して、中の人のケータイならして鍵を開けてもらう。

二次会のメンバー、ほとんどが三次会に!

恐ろしく賑やかになった先生宅。

既にアルコール濃度限界付近のわたくしですが、ここでも杯が乾かない現象(@_@)武田先生が注いで下さる酒が飲めないとは、なんたる不覚。

しかし、さすがに武田先生の御自宅でマーライオンになるわけにはいきません。

とか言いながら、過去にマーライオンになったことがありましたが…(汗

上野くん…いや、上野先生とも楽しい時間を共有できて、改めて武田研のご縁に感謝。

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