花祭り@名古屋大学

本日は朝から名古屋大学にて
■1月29日-30日 公開シンポジウム「花祭りの発展的継承を考える」|名古屋大学 文学研究科 文学部
花祭りシンポジウムが開催されます☆

泊まらせてもらった伯母宅から名古屋大学まで車で10分ほど。
私が大学1年2年の時は伯母宅に下宿させてもらって
そこから通っていたので…

2年間通い慣れた通学路です。

守衛さんで自動車入構の受付を済ませて、
会場となる野依記念館へ。

会場には既に、主催者側となる…職場の先輩方が!!
お仕事、お疲れ様です。
また、私も仕事面でお世話になっている県職員さんたちも
皆さん総出でいらっしゃいました!!

ま、私は今回、自分の仕事とは関係無いのでプライベート参加☆

今年度を1年目として、3年間の花祭り映像記録事業の一環として
このシンポジウムが開催されております。

(事業としては1年目でも、既に5年前くらいから
毎年名古屋大学で花祭りシンポジウムは行われているそうです☆)

午前中は、パネルディスカッションが中心になりますので、
その内容をつらつらと書き連ねて参りますが…

なにぶん、文字数が多いので読み飛ばして頂いてもかまいません(笑)
自分へのメモ書きも兼ねております故、駄文失礼いたします。

まず、主催者側から本事業の内容について説明がありました。

花祭りを学術的に評価することを超えて、
循環的な地域委社会活性化を議論すべく…

3年間、名古屋大学と愛知県、そして山間町村と共に、
考えていきたいという事業だそうです。

花祭りが持つ、つながり構築のポテンシャルを利用できないか。

花祭り

地域共同体の再構築

森林資源の適切な管理利用

地域振興

過疎化抑止(地域インフラの再整備)

伝統文化の再評価


花祭り

花祭りから始まり、また花祭りに戻ってくるループ(循環)

森林資源とか、獣害とか…

おおおっ!?

ぱっと見、文学部らしくないフレーズが並んでおりますが。
今や、学部の枠にとらわれず、至る所で田舎を活性化しようって動きがありますね。

ここまでくると、地域の活性化を考える団体同士の
横断的な繋がりが必要になってくる気がしますが。

みんな、各々で走っちゃっている感が(汗

また、花祭りデジタルアーカイブなるものの説明がありました。

写真や動画などのデジタル資料を、花祭りを一昼夜撮影し続けることで、
素材としての花祭り資料(永久保存版)を作成する。
それらを名古屋大学、名古屋市、また東三河の各自治体などで
公開閲覧する仕組みを構築。
ただ、それらをそのまま流すだけでは一昼夜×地区の時間が必要になるので、
ダイジェスト版を作成して構築することを考えていらっしゃいます。

公開場所は、図書館、資料館、生涯学習センターなどを考えているそうです。

個人的には、もっともっと人目のあるところだったらなぁと思うわけですが。

例えば、AEONとかアピタなどの量販店とか(笑)

その結果、どどっと花に来る観光客が増えても困りますがね。
ただ、多くの方に、こんな祭があるんだよって知ってもらうのは
良いことだと思うのです。

花祭りの保存会が伝承していく上で有用な映像資源を作成することを
目的とするともおっしゃっており、いつも舞習いで大人によって教え方が違うとか、

「わしはこう習った!!」

「いや、わしの舞い方の方が正しい!!」

といった口論になることも無くなるのか…!?
だとしたら、教えられる側からしたら、とってもありがたい(笑)

ただ、正しい舞の姿というものは基本的に無く、
今我々が舞っている姿も、長い歴史の中で…

この舞方がカッコイイじゃないか?
と言って変わってきた部分があるのではなかろうか。

その根拠は、私が小さい頃と今とでは、
細かい部分で舞い方が変わっている気がするからです。

それが700年とかのスパンだったら、元は無いに等しいかもしれませんね(笑)

話は戻って…

それを映像記録に残してどうかという話ですが。

花祭りが万が一、無くなった場合、映像資料を用いて復元するとしたら、
無くなった時点では無く、ちょっと巻き戻された状態になるんでしょうね。
できれば、変わる良さについても残っていくと良いんだけどなぁ。

全く知らない信者が見ても花祭りを復元できる映像記録を目指すともおっしゃっています。
目標は高い方が良いですが、これは…できたらすごい。

主催者の次にパネラーの皆様がひとりずつ順番にプレゼンされました。

富山の山崎先生曰く、映像記録も大事だが、
舞ったことのある人間が 歴々残っていくことも大切であるとのこと。
花祭りが無くなってしまった地区でも、まだ舞ったことがある人間が
存命ならば、是非子どもたちの代に舞い方を伝承して欲しいと。

まあ、ひとりでできるものじゃないところが難しい点ですけど、
物心つく前から映像流して遊びのひとつとして
頭では無く体に記録(記憶)しつづけるという手法も、ありかもしれませんね。
(我が家はそれを実践試み中)

今回作成される予定の映像資料は、是非とも次世代花キチ育成のため、
各々の氏子へ配ってくれると嬉しいですね☆
保存会に1枚とかではなく、子ども1人1人に一枚ずつとか。

次に登壇されたのが、札幌大学の先生。

民俗芸能を映像として残すことに対し、
非常によく考えられていらっしゃる方でした。

上の方で私が書いた「変わりゆく伝承を映像記録に残すこと。」
そのことについても、しっかり考えていらっしゃいました。

また、映像を記録する人間と、祭を担っている人間との間で、
残したい絵が異なるってのは大事な考え方だと思いました。

映像で残すとした場合、願わくば、保存会側と映像制作側が
逐一綿密な相談ができるような体制があることが大切です…

が、これって、とっても難しい。

だったらば。

担い手、すなわち、保存会自体が映像記録者になれば良いのだ!!

上黒川の場合は…
プロカメラマンの保存会員がいるっ!!
そして、私もカメラ持ってホームページに公開したり☆
友人にお願いして、映像に残してもらったりしております。

実際に、今回の事業で映像記録作業を行う方も登壇され、
そこで貴重な映像を拝見しました!!

足込と下粟代の白黒8㎜撮影映像、1993年月地区の映像を上映。
当時、8㎜フィルムの感度が低かったため、
残念ながら舞を記録したものが少なかったり
真っ黒で何かがうごめいているようなものしかありませんでしたが。

こうして、自分が生まれるずっと前の花祭り映像を見るってのは、
非常に面白いっ!!!

すなわち、今回記録した映像を我々の子孫が見ることになって…
そのとき花祭りがまだ続いていたら、興味深く見てくれるはずと思いました。

次の御登壇は、愛知県地域振興部の山村振興室長さん。

私も、仕事で大いに関係する部署の方です。
昨年参加した時は、こんなにも一緒に仕事をする機会があるとは思わず。

まずは、北設地域の地勢などから話が始まります。
北設は県の面積の10%で、人口や世帯数は0.14%。

山が多くて平地が少ないからとはいえ、
アンバランスですね。
ま、広々していて良いじゃないか?

その他、山村振興室では愛知県の山間地域に対して様々な事業を展開されており、
その一端を説明して下さいました。
おでかけ北設(バス)や、きてみん奥三河とか、花祭りのパンフレット作成や
山内花祭りの記録映像保存事業など…

愛知県からも、多くの事業で応援を頂いております。

そして、花祭りに関する、様々な取り組みをまとめられておりました。
列挙してみると下記の通り。

・今年で19回を迎える東京花祭り
・豊橋御幸神社での花祭り
・きてみん奥三河などのイベントでの出花
・東園目での志多らとの花の伝承
・古戸のおいでん塾と花祭りの連携
・小林地区への名古屋大学の支援
・布川地区へのNPOとの連携
・花祭りバスツアー(小林、東園目、坂宇場、足込、中設楽)
・PLAY!AICHI(ネット動画)への花祭り映像発信

そして今度は花祭りを運営されている地域の方から一言ずつ。

まずは、東栄町小林地区の方です。

花祭りへ来られている方々から、映像記録に関する広報が不十分だったとの意見。
これは重要「無形」文化財だから、映像に残したら無形じゃないじゃないかという声。
準備段階や、表から見えない準備(食事の支度や衣装の洗濯など)などの仕事を
影ながら支えて下さっている皆さんを、もっと映像に残して頂きたい。

小林は28軒で実質運営者は10人程度しか地元に住む人間がいないため、
外に出ていいる人に対し、組の当番だからと言って
祭当日は呼び戻して手伝って頂いている。
(葉書を出して、招集させて頂いている。)

この方々には、舞一つ見る暇も無いまま、裏方に徹して頂いている。
そして、祭が終わると都会へ戻っていく…
非常に申し訳なく、問題になっている。

子どもたちには舞を舞っておしまいでは無く、
舞の無い時間帯でも 笛を習わせて、
さらに花祭りに対する興味を促進している。

次は、東栄町足込地区の方です。

足込には50軒ほどの集落で花祭りを維持している。
20年ほど前に映像にして残しておこうという取り組みを
足込の保存会の方が行っていた。

本花とは別の日に記録映像を残すための日を設けて、
4年ほどを掛けて記録を行ったけれど、当時の記録技術では
細部まで記録するには難しいもの。

今回、高画質で残される映像は有り難いとのことでした。

ディスカッションに参加されていた中部大学先生曰く、
文化人類学会や、民族学会では、
「現地の了解を得ずに発表された論文等は正式に認められない」
以上のように規定されているそうです。

かつて、現地の意志とはかけ離れた研究成果が多発したことがあり、
それに対して懸念を示した学会が規定したそうです。

学会界隈でも、現場を置き去りにした仕事の進め方は嫌われるってことですね。
まあ、そりゃそうだわなぁ。

いろんな話が聞けて面白かったです。

お昼時になったので、買ってきた昼食を食べつつ、
久しぶりに学内を散策しました。

こちらは、かつて武田研があった研究棟。
学生時代後半のほとんどの時間を過ごした場所です。

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いつの間にか、こんなに綺麗な看板が建っていましたよ。
さらに、校舎内も改修されたようでとっても綺麗。

あの懐かしい…エレベーター内の非常用黒電話はもう無さそう。

散策しながらホールの方へ戻っていくと…
白い装束に包まれた方が歩いている。

これはもしや…

花祭りの衣装を着た豊根の方だーー(笑)

学内で普通に歩く花祭りな方々。
大変、不思議な気分でしたww

午後からは花祭りの実演です!!
やはり、コレを目当てに来る方が多数。

ホールの客席が満員御礼状態ですよ。

控え室に向かい、豊根村下黒川地区の皆さんに御挨拶。
(私の地区は、お隣の上黒川地区。)

私はカメラ係(自称)として舞台袖で構えます。
すると…

武田研時代の後輩が、
ちょうどキャンパス内で仕事(研究)しているところで、
忙しい合間を縫って見に来てくれました☆
今や助教という立場!!


工学系なので分野は花祭りとは関係ありませんが。

彼とは武田研の伝統材料研究会仲間です(笑)

そりゃ、声を掛けないわけにはいきませんっ!

しめおろしから始まり、しっかりと餅が会場へ投げられておりました!!

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次は、地固めの舞。
先輩と後輩が舞っております。

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実は、私、下黒川地区の地固めの舞を見るのは初めて。
いつも、地固めの時間帯は上黒川の練習が終わって古戸に年始挨拶に行っているのです。

笛を吹いていた職場の先輩が

「テ~~ホヘ!」

と、舞庭へ入ってきました!!
それにつられて、会場からも何人か前に出てきて囃しております☆

そして、山見鬼!!

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力みなぎる舞を披露です。

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下黒川の皆さん、今日はこのために片道2時間バスの道のりを駆けつけてくださっていました。

今回は下黒川地区ともうひとつ、東栄町中設楽地区も舞を披露。
私…またまたお恥ずかしながら、中設楽花祭りには行ったことがありません。

神道に非常にゆかりの深い花を舞われるとのことでしたが、
ここまで徹底的とは、驚きの連続でした。

写真は、須佐之男命の大蛇退治です。
山見鬼のことです。

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大蛇を退治している様子ですが、お酒を飲ませて酔いつぶれさせる…
物語はまさに、神話そのもの。

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榊鬼は猿田彦命と呼ばれ、茂吉鬼(朝鬼)は大国主命と呼ばれる。

何故そのように呼ばれるのかというと、
明治時代の廃仏毀釈により、仏教色を一切取り除き、
物語を神話に沿わせたかららしいです。

まさに、歴史の生き証人。

大昔の状態を維持していれば伝統というわけではなく、
こうして時代の変化に応じた変化があることこそ、伝統といえます。
続いてきた祭の中に、歴史が見えますね。

いつか、中設楽にも行きたい!!

このあと、観客席とパネラーとの間でディスカッションが予定されておりますが、
おいらはここで失礼させて頂きました。

豊根までの2時間の道のりを考えると…ね(汗

今週も、忙しい週末となりましたが充実いたしました。

“花祭り@名古屋大学” への2件の返信

  1.  私も映像DVDを花祭りを行なう地区の各戸に渡したらと思います。子ども向けの楽しんで観て貰える様な映像も作ったらなあって思いました。そして、保存会で映像記録をするのがベストだと思います。でも、そんな人手を出せないですよね。外部の映像撮影のプロの方が、花祭りの地区に深く入っておられると、そんな事も可能でしょうね。私も札幌大の先生の考えに共感するところが多かったです。
     人間は年をとって姿が変わり、いつか死にますが、写真や映像で姿や声などが残ります。これはありがたい事です。色々な昔の花祭りの映像が観られて、面白かったです。下粟代の昔の映像があったというのは驚きで、身を乗り出して観てしまいましたよ(笑)
     花祭りの場以外で花祭りでお会いしている方と会うと、不思議な気分になるものです。沖縄の島でお会いしている方々と島唄ライブで冬に東京でお会いした時、Tシャツ姿ではなく厚着をした姿を見て、不思議な気分でした。
     河内、中設楽の神道花は、変容の一番の例ですね。河内もお勧めですよ。坂宇場と重なりますが。完全に外でやります。そうそう、河内は花祭り最初の訪問地区で、その1回しか行ったことないんですけど、他の花祭りとは全然舞の動作が違っていました。振草系に分類される様ですが、かまどではなくて釜でしたし。ですので、私は小林みたいに振草系にも大入系にも属さない、もしくは融合したんじゃないかなあって思います。「大昔の状態を維持していれば伝統という訳ではない」~その通りだと思います。変容、派生、分家を含めて、元タネが生き続けているというのが伝統だと思います。ですから、ほとんどの祭りは伝統あるものと言えるでしょう。
     やはり、最後のディスカッションの場にはおられなかったのですね。帰りにお姿を見掛けなかったので。パネラーに花祭りの地区の人が1人もいませんでしたし、花祭りの地区の方で発言したのは小林のお姉さんだけだったので、是非けんたさんにも今年も発言して欲しかったですし、豊根の方で話題にして欲しかったです。でも、次の日は仕事で、遠方ですし、厳しいですよね。

  2. >なぞの旅人スーさま
    映像記録で、鬼の舞の所作を説明しながら舞っているものがありましたが、
    あれは欲しい…って思いました。
    舞習いで鬼の舞を練習する時間はほとんど無いため、
    自宅で自主練するための資料としてはピッタリですねw
    かつては鬼を舞う家が決まっていたので、
    親の代に教えてもらって映像を使う必要は無かったかもしれませんが、
    今や親がやっていなくとも鬼を舞う人はたくさんいますし、
    我が家などは舞える親が他界しているため…自宅では練習できません。
    その意味でも、うちでも欲しいって思いました(笑)
    河内の花祭りは、かつて一度、父に連れて行ってもらったことがあります。
    たしか、高校生くらいの頃だったかと思いますが、
    こんな花祭りの形もあるんだ…って、不思議に思った記憶があります。
    まあ、自分の地域を中心に見てますから、不思議に思うかもしれませんが、
    当地ではそれが普通で、逆に我が地区に来たら不思議かもしれません。
    維持することが伝統ではなく、変容することこそが伝統であるという考え方は、
    大学にいた頃、伝統材料研究会という学会行事で人間国宝の方が語った言葉です。
    実に、心に残る一言でした。
    ディスカッションの時間帯は…
    花祭り地元衆にはちょっと遅い時間帯でしょうかね。
    17時に終わって帰宅すると、19時過ぎに帰着となってしまいますし。
    それ以前に、花祭りについて外部の人間と議論をすることを
    良しとしない考え方もありますしね。
    外野が騒いでいるとしか思わないところもありますよ。
    私も、若干、そう思うことがあります。

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