中国&北陸地方3日目島根県雲南市&松江市で友人に出会う

投稿者: | 2019年4月30日

中国地方に来て3日目。

家族そろって中国地方に行くというネタを見つけた「あの子」から、雲南市をご案内します!

そんなうれしい提案をもらって、朝、鳥取県を出発。1時間半程度で、島根県雲南市に到着しました。

お誘いをくれたのは、ほかでもない!かつて豊根村地域おこし協力隊として活躍し、上黒川区エボリューション会や上黒川花祭りなど、地域行事においても、大いなる戦力として活躍してくれた「りなぴ」さん。

豊根村で2年間修行し、故郷である島根県雲南市へUターン。

現在、雲南市の移住定住の担当者として活躍しています。

その雲南市役所に集合。久しぶりの再会…かと思いきや、遠方にもかかわらずしょっちゅう豊根村に足を運んでくれているので、まったく久しぶりな感じがいたしません。

我が家族皆、りなぴと仲良し。

再会を祝し、まず案内してもらったのはこちら。

■島根のワイン 奥出雲ワイナリー 奥出雲葡萄園

運転がなければワインを飲みながら、木次乳業さんのモッツァレラチーズを頬張って…そんな体験が楽しめる場所。
牛乳が大好きな子どもたちは、大喜びです。

木次牛乳を美味しくごくごくと。
200mlの牛乳瓶ですが、子どもたちが手に持つと一層大きく感じられます。

なんと、次男君、ひとりですべて飲み干しました。

ゲストハウスの地下はギャラリーになっており、

100歳の名物会長を被写体とした懐かしい感じの写真が並んでいます。
その傍らには、皆さんのお口へ届くのを今かと待ちわびるワイン樽。

また、予約制で料理を楽しむことができる空間も。

軽く、小腹を満たしたところで…次なる目的地は、直前に設定されました。
妻から、是非行ってみたい!というリクエストにより、

りなぴの実家。

刺繍屋さんであります!!
これまでも、その作品は豊根村にいて何度か拝見しましたが、ようやくこの目で!

ズラッと並ぶ機械類にワクワク。

妻と娘さんが刺繍小物に御執心。
おばあちゃん、お母さんにも出会えました。

お腹が空いてきたところで、パスタ屋さんへ。

銀座でフレンチのお店でシェフしていた片が、Iターンして開業されたお店!!

一流の味が楽しめる。
一方で、地元の方で賑わっている。

■FELICE(フェリーチェ) – フェリーチェ(FELICE)

さすが、移住定住者が多い、その筋の先進地。

味わいも確かです。

もちろん、シェフはりなぴさんのお友達。

大変気さくなシェフさん、会話も楽しみました。

続いて、天皇陛下へ献上された米が育まれた斎田の隣に…。

大きな桂の木。
ここに、■菅谷たたら山内 – 公益財団法人 鉄の歴史村地域振興事業団があります。

吉田町でたたら製鉄が始まったのは鎌倉時代であるといわれていますが、この時代から中世までは「野だたら」といわれる移動式の製鉄法が行われていました。

近世に入り吉田町でも高殿を構えて操業が行われるようになると、町内のあちこちで盛んにたたら製鉄が行われ、企業だたらとして隆盛を極めるようになりました。

全国で唯一、今に残る「菅谷高殿」は1751年から170年間の長きにわたって操業が続けられ、大正10年にその火が消えました。
このことは、この地がたたら製鉄を行うのに最適であったことを意味しています。

雲南市の吉田に位置する歴史ある建物。
雲南市の吉田といえば…

あの有名な…!!!!

鷹の爪団、吉田君。

■秘密結社 鷹の爪とは | 鷹の爪.jp|鷹の爪団公式ポータルサイト

■アニメ『秘密結社鷹の爪』の『吉田くん』が後押しする、島根県雲南のユニークな観光拠点『道の駅 たたらば壱番地』 | ロータスタウン-クルマとあなたをつなぐ情報サイト

アニメのシュールさを全く感じさせない趣の建物です。
今回、今上天皇ご退位の日ということで、無料にて入場できました。

看板に「多少、説明はします。」というコメントがあり、このあたりに鷹の爪団らしさを感じさせます。

で、中に入ってみると説明者の方が、多少どころか、しっかりと丁寧な説明をして下さり!
なんと謙虚な…と思いながら、説明に耳をかたむけました。

たたら製鉄といえば、原料は砂鉄。
その存在に好奇心が止まらない長男氏。

わかりやすいイラストとともに説明して下さり、下の絵はふいごに乗ったふたりの大人が代わる代わる体重をかけて炉に空気を送り込む様子。このふたりは「番子(ばんこ)」と呼ばれ、代わる代わる…ということを、「かわりばんこ」と言うようになったのは、ココに語源。

砂鉄の山。

還元剤である木炭の山。

そして、目に見える「炉」だけが構造物ではなく、その地下深くに広がる「プラント」の様子も図解されています。

経験則に基づく設計思想が、大変興味深い。

ちなみに、写真にはちっちゃいふたりが写っていませんが、お昼寝中。
お父さんは、「かわりばんこ」で昼寝している子どもたちに寄り添っていましたが…ここで、大トラブル発生。
お父さんは着替えをせざるを得ない状況になりました。

何が起きたかは…ご想像にお任せします(汗

子連れの旅行は大変だ!!!

そして、吉田町は実業界においては吉田君より有名な方がいらっしゃいます。
■田部 (企業) – Wikipedia
■田部長右衛門 – Wikipedia
代々世襲される企業であり、雲南から大阪まで、自らが所有する土地のみを通って行くことができるとも言われる山林大地主。

製鉄業には、還元剤である木炭を得るための大規模な山林が必要です。

たたら製鉄をこの地で永く続けてこられた田部家。

■会社概要 | 会社案内 | 株式会社 田部

資本家であり、ケンタッキーフライドチキンやピザハット、サブウェイなどのフランチャイズも経営。

それが、本社のある雲南市の強みでもあり。

 

楽しい時間はあっという間で、雲南市役所に戻り、りなぴとお別れです。
きっとまた、納涼祭とか花祭りとか、姿を現してくれるに違いありません。

1日、御案内有り難う御座いました。

そして、松江市へ向かいます。

その途中、雲南市大東町にある■須我神社 | 日本初の宮 | 島根県雲南市大東町へ。

古事記に記される、日本で最初のお宮とされています。
日本で最初のお宮に、平成最後の日に訪れる。

せっかくなので御朱印を頂こうと。
16時を過ぎているというのに、多くの参拝客で賑わっていました。

皆さん、平成最後の日、御朱印狙いです。

簸の川上に於いて八岐遠呂智(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)は、稲田姫と共にこの須賀の地に至り「吾が御心清々し」とおっしやつて宮造りをなさった。そのとき美しい雲の立ち昇るのを見て、

「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣を」

と歌い、日本で始めての宮殿を作り、鎮まりました。これが古事記・日本書紀に記載されている「須賀宮(すがのみや)」であり、日本初之宮(にほんはつのみや)であります。 三十一文字の歌も日本で一番古い歌であり、この地が「和歌発祥の社」と呼ばれる由縁でもあります。また、この歌の中の「出雲」が出雲の国名の起元であり、「八雲立つ」は「出雲」の枕詞であります。

境内には高くそびえ立つスギの御神木。

お昼寝から目覚めた次男君と比較すると、すさまじく巨大に見えます。

そして、松江市内、妻の高校の同級生宅にお邪魔しました。
手作り滑り台で遊び始める子どもたち。

妻友人の旦那さんがDIYされたのかと思いきや…!!!

なんと、妻友人である奥様がDIYされたと。
なかなかにパワフルな友人さんでした。

旦那さんが勤務されている玉造温泉の旅館や、松江のお祭りなど、御紹介頂きました。

周囲が暗くなってきたので、鳥取県北栄町へ、帰路に就きます。
夕ご飯、今夜もまたお義父さんと楽しい会話を交えて!

平成最後の夜は過ぎゆきました。

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